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ikeda49
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北海道の冷涼な気候が自分には合っている。
自然は雄大だし、食べ物は美味しい。
妻の病気を通じて、口から食べられることがどんなに人本来の機能なのか判った。

ヤフーのオークションでは北海道の名産を全国に紹介している。

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Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2021年03月10日

70代の年代を歩んでいる日常

札幌に住む小生にも3月になり少しずつ季節の変化を感じられる。
気温が高かいと道路は雪が解けてべちゃべちゃで歩きにくい、
毎年通る季節です。
コロナウイルスが蔓延し出て歩く行動を自粛しなさいと国も行政も提唱しているが。
自宅での自粛は小生には苦痛です。
その分近くの厚別川河川敷を散歩することにした。お陰様で気に入ったのが継続しています。
毎日継続することで体調も良く食事もおいしい。良いことばかりです。
仕事はない、今まで散々働いてきて、70代になった。
仕事が無いは見の置き所がないに等しい。
先日人材センターから連絡があり。4月から学校の日直の仕事が迷い込んだ。
良かったよ 日々は年金で過ごしているが
少しでも社会に貢献したいと思えども年齢の壁は大きいね
確かね同級生も何人かがあの世に旅立っている。
生まれつきの視神経萎縮で視力は出ないが何とか日常は過ごせます。
記憶も怪しいところもあるが。自分で思いの通り過ごせるが一人一人の生きていく原動力になる
と思っている。今回の日直仕事も元気な気持ちと体を維持できることで叶えられる。
  

2020年10月22日

記事が書けるかな

アイホンから投稿しましたが。
無事に届けば幸いです。
画像はまだ投稿できませんが。頑張ります
コロナウイスルスが蔓延していますが、どっこい頑張っています。ikeda49です


iPhoneから送信  

2017年06月02日

日々の生活は淡々と

90代のお袋が元気で過ごしている。
元々十勝の農家の主婦だった、土いじりで野菜を植えたり花を育てるのが好きですね。
一軒家で庭に野菜や花を育てている。 今の時期は何処に何を植えるか忙しい。
忙しくしているのが性分に合っているんだね。
《住み慣れた自宅で好きなように過ごす》 人本来の希望かな、 小生も受け継いでいると常々思っている。

最近何を食べても美味しくない食欲が沸かない 最近ふらふらすると訴える。
毎日食べる食べ物で改善できるといいねと思っていた。
老いも若きも口から食事を取って生命を維持している。 お袋の気持に変化を加えなくては


先日NHKテレビ番組ガッテンで放送していた(高齢者の低栄養:肉を食べなくては)10食品群チェックシート》 を持って行った。
お袋は聴力は落ちているが視力は健在で毎朝新聞の死亡欄で「今日は100歳以上が何人無くなった」 と報告してくれる。
畑作業で忙しい中でも日記を書いていた 几帳面なのだね その性格に目をつけて
チェックシートに関心を持ってくれるといいな と思っている。 
明日カボチャスープを持って行くので話してみるよ。
《一人で食べる食事は進まないよね、たまにはおつきあいをしなくては》 私たちの役目だね


我が家の妻はお陰様で元気です、食欲は何時も旺盛です
今日は朝9時に訪問マッサージが来た
午後は1時過ぎに訪問リハビリーYさんです。 又お話で盛り上がるね
15時過ぎは訪問歯科診療です。
ポカリスエットでボロボロになっていた虫歯もお陰様でもう少しで修理完了です。
●本当のことを言うと「これから毎日口から頂くために歯みがきが」 大事だよ と指導を受けている


6月、月が変わって間もないが天候はどうかな?
彼方此方出て歩く希望はあるが雨はゴメンだね。 逃げ場がないからね。
先日厚別区の地域包括支援センターから 今年の家族の会のスケジュールが届いた。
小生も最近は妻の送迎で過密スケジュールだけど時間を作って出てみよう。  




虫歯の治療も昨日で一段落しました。
自宅での治療で安心もあるが。歯の治療は何かとストレスがある。
限りある体の機能(資源の保全の)意識を持って過ごしていきます。
日々口から食べるためには歯の手入れ(歯磨き)が必要だから。 
  
 

  

2015年11月15日

お陰様で妻は通常の生活に戻りました。病気の家族と過ごすには 

妻は自宅に戻って10日経ちました。
お陰様で普段の生活を過ごしています。 ディもショートも行きました。
今日は装具を付けて歩く練習をしました。
やっぱり自宅で好きなように過ごすことが良いね、どんな薬よりも効果がある、かけがえのない日常です。

口内炎は癒えたのかな? 最近痛いと言わない。水分も食べ物も依然と同じように摂っている。
今までより口腔ケヤーを念入りに(左のほっぺに麻痺があるので食べ物の残っている:嗽を多くして軟膏を塗る)仕事が増えた。
手抜きをして又入院なんかゴメンこうむる。

 大正生まれの母が実家で一人で住んでいる。
要支援2で週1回ヘルパーさんが来ている、
もともと十勝の農家だから土いじりが好きです。 自宅で好きなように過ごす事が長生きの秘訣だね。
高齢者でも一人で過ごせるならばあながち無理はない。
自分で好きなように寝て起きて食事を造り自然と親しみ季節の移りを感じている。
庭木の剪定から冬囲いまで自分で出来ると本人は言っている。
高齢者は病気になったり、買い物に行ったりは一人では出来ないことです。
小生は妻の口内炎で暫くご無沙汰していた。
暫くぶりに行ってみたら「歯が痛くて食べれなかった」
妹夫婦が歯医者に連れていき受診をした{歯茎が痩せて入れ歯が合わなくなり痛かった}
調整していただき「元のように食べれるよ」と嬉しそうに食べていた。
高齢者も口からしっかり食べて栄養を取らないと普段の生活はできないね。 



≪食べるちからは 生きる力≫私たちは日々実感している。
美味しく口から食べるためには歯の健康が欠かせないよ。
そして付け加える事があるとしたら「自宅で普段の生活を送ること」
札幌も段々と寒くなる時期になりました、インフルエンザの蔓延時期には早いが、私たちも先日訪問診療医師に頼んで
インフルエンザワクチンを受けた。 気休めかもしれないが安心料です。

十分な栄養を口から摂って、規則正しい生活を過ごすと、案外病気もウイルスも跳ね返せるのでは。
私たちだけの妄想かな?
  

2009年08月25日

朝の散歩






季節には区切りは無いが確実に移っている。今日は秋晴れの1日


朝の散歩は気持ちが良い。何時も同じ河川敷ながら新しい発見があるよ。




新型のインフルエンザが蔓延宣言が出た。気温が下がってくるとウイルスも活発になるようだ。
眼に見えないので驚異だ、ワクチンも急には間に合わない。


手洗いとマスクを推奨している。有効だと思う。
もう1ツ付け加えて欲しい:生まれながら身体の中には免疫力が備わっている。
この機能を活性化して「ウイルスに感染しても軽くすむ」方法を各人で見つけたら良いんじゃない。
小生は妻の病気を通じて自分なりに見つけた。

方法例:
●身体の中の免疫力は今は数値で計ることが可能だ:白血球の成分ににNK細胞がある。(ナチュラルキラー細胞}
この活性度を測ると自己免疫が高いか低いか解る。日常の目安にすると不安も少し軽減されるのではないか。
●掛かり付けの病院で血液検査時に「NK細胞の活性度の検査」を希望。保険が利かないので約8千円の自己負担が掛かる。
加齢と共に身体の機能が落ちてく今、病気に罹る前に自己防衛観念が必要じゃない。






  

2009年02月23日

身体の整備も必要だね

暫くぶりの更新になる。
早いのもで2月も最終週を迎える。この所札幌は気温が低く毎日雪が降っている。




実は身体の調子が悪く入院していた。
1月の始めに受診した泌尿器科で病名「前立腺肥大」になっていて、削った方が良いよ。と診断されたが。
元来小生は臆病で痛いのはきらいだ、妻の介護もある。
何とか薬で抑えて貰うことにした。
が30日39度の熱が出た。これは尿毒症だなと確信し入院をすることにした。
妻には悪いがいつもの老健で預かってくれた。{有り難かった}

症状はおしっこの排尿が悪くなり膀胱に残尿が溜まる。そして放っておくと逆流して腎臓の機能を弱める。行き着くところは「透析の路線」に1歩踏み入れていた。
〈丁度お臍の周りが張ってきて今流行のメタボかなと思っていたが、実は膀胱におしっこが残っていて何時も張った感じだった〉
間一髪、バタバタした顛末だった。両親を始め皆さんにご迷惑やら御心配を掛けたが、悪いところは削り取り復元しました。
このブログの読者からもメールで励まされました。有難う。




人の身体は正直だね、身体の調子が良くないと病気の妻に当たったりする。悪いと解っていても正常じゃないんだね。考えが纏まらない。
このブログだって更新できなかった。
一昨年の狭窄症、今回と続いたが、身体の整備が必要な年代に差し掛かったんだね。無茶は止そう。




住んでる団地除排雪だった。300戸住んでいる。費用が80万も掛かる。
厄介者の様だが、実は自然からの恵みなのだ、雪の下ではもう新芽が雪解けを待っている。
人の肌も「保水性」で張りを保っている。北国の街もこの自然のお陰で潤いを頂いている。
最後の画像は先日大荒れに荒れた吹雪で厚別川河川敷は綺麗な雪原になった。
病み上がりの小生には今は無理だが、スキーでバージンスノーを歩く自分を夢見ていた。




  

2008年11月06日

野幌森林公園にて

11月に入り、気温も寒くなってきたが今日は朝から暖かい「小春日和の一日」
お袋と父のいる老健に来た。お袋を施設に残していつものように隣接している野幌森林公園をあるいた。



葉っぱはほとんど落ちてしまった。甘い乾いた森の空気が深秋を教えてくれる。
落ち葉を践んで約1時間歩いた。
今は訪れる人も少ない時期、2人にあった。
1人目は北大農学部で学んでいる大阪生まれの学生:入り口で「公園の利用状況を調べていた」学生だから出来るんだね、暖かいから居眠りしないでね。




一生懸命歩いたので背中に汗をかいた。2人目はマウンテンバイクを持って階段を降りている、定年後の男性、近所に住んでいて健康のために歩いている。
フムフム仲間がいるものだね、自然の中に抱かれると気持ちが休まるのは小生だけだろうか。
元々人の祖先は森林の中で住んでいたんだね。頭の中に源記憶として残っているんだね。



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2008年11月01日

ラジオ体操80周年






腰に爆弾を持つ小生は、常日頃から筋力トレーニングが必要と思ってはいるが、3日坊主で60年も過ごしてきた
今更1日24時間の中で筋力トレーニングの時間を作っていない。
ラジオ体操は朝6時30分から10分間。これだけは続いている。11月1日はラジオ体操が始まってから80年と報じていた
手軽でその日の体調チェックが出来る。近くの厚別川は6時近くになって今は明るくなる。ヒンヤリした空気を吸って今日一日出発進行!!
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2008年10月31日

無事に1年経ちました

昨日1年検診に行ってきた。
思えば最悪だったなーーと思いながら。昨年「狭窄症で整形外科に入院した」不安で不安で一杯だったのを思い出す。
なにわともあれ痛みも取れて1年過ぎた、本業の妻の介護を続けることができる。本当に有り難いことだ。






院のナナカマドも迎えてくれた。
お陰様で結果は良かった。毎週行っているI鍼灸院のマッサージが良いのかな。
全て結果が良ければ安心するんだな。
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2008年02月16日

2台目のデジカメ



小生のデジカメが壊れた。
何回も手から滑り落ちて、ビスが抜けていた。
だましだまし使っていたが、電池を交換しても機能しなくなった。
長い間ご苦労様、後進に譲ることにした。
ブログを造るには欠かせない道具となっていた。


在宅を開始して妻は定期的に帰ってくる。
自宅での最大の楽しみは「食べること」とだそうだ。
今食べ物の安全が問題になっている時。なるべく手を掛けた食べ物を造ることを心がけている、正直言って1人分を造るのは難しく、ついついスーパーから食べ物を買ってきている。
先日も道産の豚肉、富良野の玉葱、道北のたもぎ、長ネギ、道産ブロッコリー等を入れて「スキヤキ」を沢山造った。
味付けは「一度話したら覚えなさい」と妻からの叱咤激励で完成した。
ブロッコリーとたもぎの解体は妻の役目だった。


日本の食料の自給率が40%を割っている。
外国から安価な食べ物が入ってくるが、生産者や加工先が見えない食べ物は正直安心できない。

{自分の健康は自分で守らないといけない}と思っているから
自分の身体を維持するためには、生産者がわかる食べ物をバランスよく頂こう。
ユーザーにも大きな責任があるんじゃないだろうか。




雨竜の米農家から取り寄せた玄米「おぼろずき」は粘りがあり美味しい。
何たって同じ整形外科で語り合ったNさん元気を出して欲しいな。












玄米2合、白米1合それに写真の「15穀ご飯の素」を入れる。噛むほどに美味しい。

15穀ご飯の素:大麦・もちきび・もちあわ・アマランカス・コーングリッツ・はとむぎ・ひえ・白ゴマ・黒ゴマ・キヌア・黒米・赤米・発芽玄米・白もち米・発芽小麦の15種類


北海道は広い農地があり、1次産業が元気を出さないとならないと思っている。
現実は農家も高齢化で元気がない。
ハスカップ農家のOさんも米農家のNさんも元気を出してほしいな、小生も応援団の1人を自認している。


  

2008年02月10日

歩くスキー解禁

今日は朝から天気が良い、本州では雪が積もったと報じているのだが、北国の札幌は青空!!
妻は老健:もう1年以上も通い続けている施設で、慣れてきている、テレビを見たり、縫い物をしたり彼女なりに過ごしている。
父はと云えば、今日は日曜日でリハビリはお休み、又車椅子の乗って壁を見ているのかと思うと気の毒になってくる。お袋を連れて見舞いに行くことにしたが、午後からにした。。




午前中、物置からスキーを取り出し乗ることにした。自分で解禁した。
この地に20年以上住んでいるが、河川敷をスキーで歩いたことは無かった、何故か照れくさかったんだね、今日も「変わったスキーだね」と云われながらも、腰に傷を持つ小生は充分に楽しんだ。






往復で5キロあると教えてくれた、スキーは良いな。心にリフレッシュもしなくちゃ。1時間ほど歩いて汗が気持ちよい。  続きを読む

2008年02月07日

厚別川の風景

札幌では「雪祭りが」催されている。
半年間雪の中にいる北国では冬を楽しまないといけない。
今の時期は寒いに決まっているんだ。

午前中に妻が退院するので近くのスーパーに買い出しに出かけて、天気が良く長靴を履いて河川敷を歩いた。
河川敷は歩くスキーのコースになっている。
ニコニコして見ていると話しかけてきた。
夏はパークゴルフ冬は歩くスキーの同好会が出来ているんだ。道具は役所が貸してくれるそうだ。
身体を動かすのが好きな小生は同感出来る、閑があったら歩きたいな。
昨年大病を患った私はスキーは転倒が怖いので自粛している、がスノーシューで雪原を歩くのなら良いんじゃない。
自然の仲で美味しい空気を吸って過ごすと身も心もリフレッシュ出来る。







この地に20年以上住んでいる。車椅子を押しての在宅介護人にはバリアーフリーの住宅を希望しているが正直少ない。
市営住宅の私達は5段の階段が負担になる、痛めた腰にも堪える。ケヤマネのYさんが昇降機を紹介してくれ昨日実演したが。ドイツ製で何とか使えるが、介護保険では利用出来るのか。
技術国を詠っている日本の国は「介護の面では」後進国だ。必要な私達に充分な情報なり機具が無い。
これからの高齢化社会にはビジネスチャンスとなると思うんだが。
やっと介護タクシーは見つけた。




  

2008年01月19日

病院でのリハビリー

寒い日が続いている北国札幌。
昨日も妻と父を見舞うことにした。
寒くて歩くと雪が「キュ、キュ」と締まる。小学生の頃十勝はもっと寒かった。
ラジオ番組で「あのころの音を聞いてみたい」が有る。体験した者が解る懐かしい音なんだ。防寒着も粗末で寒かった。

妻は21日に自宅に帰るもう少しだ。3ヶ月の間小生の腰のリハで施設生活を過ごしていた。
施設でのミキサー食は味家がない、自宅では妻の好きな食事を楽しんで貰おうと、食材を揃えている。
先日弟が離道するので「御苦労さん会」をした。その際妹が作った「キムチ鍋」が美味しかったので、先ずはタレだけ買ってきた。黒豆は雨竜の米農家から頂いたので小生が作った。




3時過ぎの父の居る、H会病院に着いた。
父はリハビリーの最中だった。
この病院でもHPを作るので、職員がカメラを構えていた。ついでの小生も写させて貰った。
リハビリーでの効果は出ている、麻痺足の左足と健常な右足との体重のかけ方が一番難しい。そして、「腰を伸ばして、顔を上げて」と若い職員が声を掛けていた。
立ち上がる訓練をしている、自分で歩くのも出来るかもしれない父も頑張っているんだな。歩けるようになったら自宅に帰れるよ。








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2008年01月01日

あけましておめでとう

平成20年の元旦。今回は天気予報はおおハズレ
大晦日も元旦も天気に恵まれた。




3ケ月ぶりに帰ってきた父は「大好きなカラオケで声が出るか試したかったんだ」
チヤーンと声が出てたよ。大晦日も紅白がほぼ終わるまで起きていた。年越し蕎麦を食べてまた1つ年を取った。「まだまだ死ねないな」だって。




夜中に何度も「小便」に起こされた。が弟とお袋と小生で何とか出来ました。
介護の「手」が有れば自宅でも可能だと思うが、現状では無理は出来ない。
自分で歩けるようになったら、又その時考えよう、父も解ってくれたよ。

今朝は朝寝になったのは仕方がない。
今日も晴れだ。弟に父を預けて散歩がてら近くの神社に詣でた。
お神籤は「大吉」今年は良いことが有りそうだ。


老健に居る妻は年越し蕎麦を食べたかい??雑煮は??
ミキサー食はお粥なんだって。
仕方がないね自宅での介護を始めたらいの一番に年越し蕎麦と雑煮を振る舞おう。
それまで待ってね、もうすぐだから。







  

2007年12月28日

白血病からの生還

先日突然富良野のOさん(ハスカップの生産農家)から電話が掛かってきた、携帯電話なので何処でも呼び出される。
「今札幌にいる」「止して欲しいな急に言われても」と思ったが。何時もお世話になっているので時間の調整を付けた。

急いで戻るので、豊平区役所からタクシーの乗った。税務署も寄るんだと言ったら便宜を計ってくれた。
ついつい親しくなり、私と同年配の団塊の世代だった。
話を進めていくと、運転手さんは白血病で1年1ケ月入院して生還したんだ。














「鈍い太陽」
白血病は血液の癌と言われている。「骨髄移植」しか良くなる治療が無いと理解している。
友人に白血病で亡くなった人を知っている、が生還した人には初めてお会いした。ドナーが見つかり移植出来たんだ。命を与えて貰ったと言っていた。 運が良かったとしか思えない。




大病をして生還した人がいる、反面悔しい思いをして亡くなる人もいる。
この代に選別する基準が有るのだろうか、考えさせられる。
人の英知では計り知れない大きな力が働いているように感じるときがある。

それが何か浅学な小生には理解が出来ない。






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2007年12月19日

退院後始めての検診

先月26日に整形外科を退院後自宅で日常生活のリハビリーをしている私。
3週間ぶりに検診に出かけた。


レントゲンを2枚撮影した。写真を見ながらO先生は「日常生活は如何ですか」
私は手術前の苦しみから解放して頂いたので先ずは「お陰様で楽になりました、全く痛みや痺れは有りません」とお礼から始まった。
それは良かったですね、でも無理はしないようにと握手はして頂かなかったが、妻の介護の事を知っているO先生は話してくれた。
1ケ月検診はパス出来た。この次は2ケ月後だ。その頃は妻の介護が始まっている時期である。




{雪の被ったナナカマド}これは病院の庭にある、以前と同じように幹にくっついていた
3階の病棟を訪れた。懐かしい面々が迎えてくれた。
札幌Tさん、余市のHさん、栗山のTさんも正月を前に退院を待っていた。足の痛みや痺れが収まると表情まで明るくなる。良かったねおめでとう。
みんな良くなって自宅に帰りたいんだ。
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2007年12月14日

一夜にして銀世界

昨日までは暖かくて雪の少ない師走を過ごしていた札幌人も、今朝の重たい雪に驚いた。
一夜にして銀世界になるんだ。




1人で留守を守っているお袋のことが心配で、朝早く出かけた。
又無理して除雪をしてると思ったのだが、隣のFさんが玄関前を綺麗に除雪してくれていた。
当ての外れた私はきまりが悪いので車庫の前を除雪してみたが。
OK出来たよ!! 
腰の負担を気おつけながら少しずつ日常生活をとりもどさなければならないと思っているんだ。


昨日妻を預けているA施設から呼び出しが来た。
(長期のスティの契約がいるんだって)介護保険は何でも契約だ、中身なんか問題じゃない此方の要望を叶えてくれたから自分の身体を整備出来たんだ。
制度だから契約したよ。
 妻の車椅子が動かなくなりついに修理に出した。昨日業者が持って行ったが、その間施設で変わりの車椅子を借りた。
妻は左半身麻痺で身体の姿勢を保てないから特注なんだ、施設でそれなりに改造していてくれた、ありがとう。
まだもう少し施設にお世話になるが、介護の練習をさして欲しいとお願いした。
自分の腰の状況は、自分で確認しながら日常の介護を取り戻さないとならないなぁ。と考えているんだ。






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2007年11月27日

バンザイ退院出来た

脊柱管狭窄症が原因だったんだ。
痛い・痺れる・歩けない・椅子にも座れないそして自転車まで乗れなかった。
5年前にI整形外科で「脊椎が狭くなっていて神経に触っている」と言い渡されていた、小生の腰もついに限界を迎え末期的症状であった。
いつも行く鍼灸医院のI先生に「しびれは手に負えない」と見放された。
しかし、I先生は救いの手を差し伸べてくれた。今回入院した整形外科のO先生を紹介してくれたのだ。
O先生はX線・MRIや造影剤の画像を見て、「脊柱の狭くなった3番と4番、4番と5番」箇所を解放しないと良くならないよと説明してくれた。
当然薬物療法ではダメですかと聞いたが返事は「ダメダね」

説明はお聞きした小生が覚悟を決める番だった。期間は1週間の猶予を頂いたが小生は楽になりたかった





手術後の髄核を見せてくれた、心臓強く「記念に下さい」と言ったが断られ、せめて写真に納めた。これが神経の通りを狭めていた原因なのだ


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2007年10月14日

10月の気候

機能は最高気温が12度といよいよ寒い季節がやってくる。
入院している父を見舞うためにお袋を迎えに行った。




庭には菊が咲き始めた、また毎年採れるフドウ棚にも鈴なりの房が着いていた。 父に元気を付けるために病院に持って行ったのは言うまでもない。
永年農家をしていた両親は庭を造るのを楽しみとしていたんだ。






病院から見える札幌ドームでは日本ハムとロッテとの対戦が始まっている。  続きを読む

2007年10月04日

父の入院

80歳を過ぎた両親が暮らしている。健康で有りがたいことだが高齢なので「何時かは何かが」起こる予感が何時もしている。
9月30日(日曜日)夜、妹から電話が来た。
父が倒れたのだ、意識は有るものの左手足に麻痺がある。
2,3の脳神経病院に断られ最終的に妻がお世話になったK病院に受け入れてくれた。


MRIとMRAの画像診断で脳梗塞を診断され即入院となった。
{みんなに迷惑を掛けたくないと話していた父だが、願いは叶わなかった}病気だから仕方がない。
病院に長期に入院すると回復に支障を来すと妻の介護で学習した私達には、また新たな困難に合うことになった。

昨日担当医からの説明があった。
病名は脳梗塞で細い血管が詰まりドミノ式に症状が広がるやっかいな病気を頂いてしまった。

今の日本の医療行政は本当にお粗末だ。安心して住めないのが実情だ。
在宅を推進するのは良いが、介護のサービスを削減していて、家族単位の介護に限界が来ているのが実情なんだよ。
とわいえ、私達は永年育ててくれた両親にも妻にも納得出来て、安心出来る介護を願うだけだ。




父の具合が悪くなった頃妻の車椅子を押して北広島に行っていた。  続きを読む