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ikeda49
ikeda49
北海道の冷涼な気候が自分には合っている。
自然は雄大だし、食べ物は美味しい。
妻の病気を通じて、口から食べられることがどんなに人本来の機能なのか判った。

ヤフーのオークションでは北海道の名産を全国に紹介している。

2019年11月08日

男性介護者の集い「厚別区のつどい」から


男性が家族を介護している世帯が札幌にも沢山いる、今の高齢化社会だからこそ食事については悩んでいる人が多い。
小生だっておんなじ悩みです
頭では一日3度の食事が健康を維持するためには大事なとこだと思っていても、現実には簡単な食事や外食が多くなっている場面が多い
。是非プロの管理栄養士のレシピーに触れて自分の日常時も生かしたいと参加しました。
今日、厚別区民センターであった実習。テーマは「プロが伝える男の簡単料理教室」で管理栄養士が実習してくれた
栄養バランスって、どうすれば良いの?
三色食品群で考えよう
1:「赤」グループ:体を作るもとになる 肉・魚・たまご・牛乳・大豆製品など、タンパク質を沢山含む食材。
2:「黄」グループ:エネルギーのもとになるご飯やパンいも類、油脂類など炭水化物や脂質を沢山含む食材
3:「緑」のグループ:身体の調子を整えるもとになる
野菜(緑黄色野菜・淡色野菜・類・きのこ類・海藻類・果物などビタミンやミネラルを多く含む食材、主に副食のおかずになるものです。


●実習には6種類メニューを皆んなでつくりました。
中でも自分で興味を持ち実践してみたいレシピーは。
1:かんたんオムレツです:卵2個をといて。牛乳おおさじ1、塩、こしょう少々、粉チーズ大さじ1 をポリ袋にいれて良く振り混ぜて口を縛る
 鍋で水を沸騰したら弱火にして15分湯煎する。
皿に盛り付けてケチャップで見栄えが良くなるよ。
2:トマトの中華スープ:2人分
トマト中サイズ冷凍したもの 1個
鶏ガラスープの素
水 400CC
塩・こしょう 少々
卵  1個

片栗粉 小さじ3と同量の水で 仕上げにとろみをつける

作り方:冷凍トマトを流水で皮をむき、鍋に入れます。水、鶏ガラスープの素を入れ火にかけます。
     沸騰したら弱火の中火にし、時々フォークでトマトを崩しながらトモトを煮ます。トマトを煮ている間に溶き卵をとくります。
     トマトが細かく崩れたら、塩、こしょうで味を調え溶き卵を少しずつ入れます。
     とろみをかき混ぜながら入れます。
●トマトは身体に良い食材です、冷凍して保存すると一年中食べれますね、流水で皮も簡単にむけますね、

私達の住む札幌にも手稲山1024㍍初冠雪の情報があり。平地でも雪が降った。いよいよ冬シーズンの開始です。
今シーズンの積雪が多いか少ないかはその時にならないと分からない。
厳しい時期はこれからです。自然から取れる恵みを頂いてしっかりと乗り切りたいね。
普段ラジオを聞いている小生にショッキングな情報があった
「温暖化の性か海水温の温度が高くなり将来北海道沿岸では昆布が取れなくなる?」
おでんが好物の小生には昆布は欠かせないし私達が健康を維持する上でも必要なミネラルです。
地球環境も年々変わっているんだね





  

Posted by ikeda49 at 18:54Comments(4)人の生き方考え方は

2019年10月05日

家族の役割は何だろう? 健康を維持するために心がけることは



  令和元年母の闘病記録を書いてみました


 7年前に父が亡くなった後も、住み慣れた思い出の沢山詰まった自宅で過ごすよと一人住まいをしていた母(95歳)にも老いは進んでいた。
1:脳梗塞で倒れる
平成30年2月中旬、北国札幌は一年で一番寒さの厳しい時期です、妹からの電話は「母が自宅で倒れて脳神経外科病院に救急車で運ばれた」であった、取るものもとりあえずタクシーで駆けつけた。母は治療中で控え室にはケアマネさんがいた。「今日は訪問日で3時頃訪問したら玄関の鍵が開いていて返事がない、異変を感じ室内に入ってみると母が倒れていた、妹に連絡し救急車で病院に運んだ」と心配そうに説明してくれた。
私達兄弟は母とは同居していないが時々交代で見守りをしていた。母は最近除雪が辛いと言ってソファーに横になっていたことを思い出す。
脳の病気は時間との闘いと言われている。母は処置が早かったのでお陰様で短期間で普段の入院生活を開始しました。3度の食事とリハビーリーで院内を歩けるまでに回復しました。後遺症の失語症も日々の規則正しい生活や遠くに住む弟とのテレビ電話で障害の程度も少しずつ改善したように思います。
しかし母が一番の気がかりは住み慣れた自宅です。
「何時家に戻れるの?帰りたい」と話す機会が多くなり、病院の対応にも不満を訴えるようになりました。
母の希望は住み慣れた自宅に戻りたいのです、相談員と退院後の生活について話し合うことにしました。
「高齢者の独り住まいは転倒や事故が多いから難しいよ」と相談員
 しかし、妻の在宅介護で13年もの間体験を積んできた小生には病院の提案が最善とは思えない気持ちがあった。当事者は母と私達兄弟家族の問題です。必ずお互い納得できる方法があると考えました。時期は4月になり気候も暖かくなってきた「母をつれて自宅に外出、そして1泊2日の外泊をしてみたいと病院に話をしました、その結果を考えて退院後の対応を組み立てたいと」申し出ました。急性期の病院は患者を長く入院できない理由がある。病院側も協力してくれた。病院と自宅との距離が近かったことも良かった。
2度の外出と1度の外泊を妹と2人で対応した。何よりも自宅に戻れると思う母の表情が生き生きとしていた、あくまでも主役は母なのです、母の希望を少しでも叶えることが私達家族の役目と心に刻みました。
 そしてケアマネさんをはじめ介護保険事業者との打ち合わせも終わり4月中旬に退院しました。
退院後の母の生活は自由でした「自宅はいいなぁ」何度も聞きました。脳梗塞の後遺症も思ったより軽く慣れることが一番の薬でした。ただ元々あった難聴と今回脳梗塞の後遺症(失語症)は母には堪えたようです。私達も心配でした(電話をしても安否の確認ができないし、帯広に住む叔母にも電話する機会が減りました。
私達も以前より出向回数を増やし多対応しました。

 2:正月は妹家族も集まり家族全員で自宅で迎えた。母は何時もと同じように動き回っていて嬉しそうでした。
1月末母は室内で歩くと胸が苦しいとソファに座るようになっていた、何時もと様子が違うので気に掛かったがソファに座ったりベットに横になり落ち着くと「良くなった」と室内を歩いたり食事をしたり何時もと同じように過ごしていた。
1月30日夜から胸の苦しくなる頻度が多くなり小生は泊まって様子を見た、明日は母を説得して病院に行き検査をしてもらおうと考えた。
翌日食事を食べて気替えをしてタクシーで病院に行った。この病院は小生の行きつけの病院で医師も知っているので母の症状を話したら診ていただけることになった。
心電図やレントゲン等で検査をして頂き、3時頃医師から説明があった。「心臓の働きが良くないので入院して治療をした方が良い、心臓の専門医の居る病院を紹介すると」提案してくれた。
 母は外来のベット上で点滴をしていたが「自宅に帰りたい入院の用意をしてないので自宅に帰りたい」。更に担当医は続けた「自宅に着く前に心臓が止まることもある」と説得して頂き病状の重大さを認識しました。
 母が今までと同じように住み慣れた自宅で過ごせるのであれば専門医に診て頂こうと母と話した。
転院先の病院でも検査がありICUの病床に落ち着いた。
 担当医F医師は「心臓の働きが悪いので肺に水が溜まり呼吸が苦しくなる、治療をするからね」と話してくれた。
昨年の脳梗塞も今回の肺気腫も原因は心臓の働きが悪い心不全が原因と診断を受けました。
その後病院での規則正しい食事とリハビリー治療のお蔭で元気になりました。母は自宅に戻りたい希望があったが、2月の札幌は一番寒さ厳しい持期、木造の自宅での生活は無理だと思いリハビリー目的でS病院に転院しました。
 自宅で草花を愛でたり、野菜を育てたり、十勝で農家をしていた母には一番心の安まる時間を過ごしたい希望が強く本意ではないが仕方がない季節の巡りを待つしかないね。
 4月に入り暖かい日が続くようになった。母も季節の移ろいを感じていた「何時まで入院するの?」と言うようになったし私達も感じていた。
担当医の許可を頂き4月4日に退院し自宅に帰ることになった。2ケ月ぶりの自宅です、一番先に行ったのは御先祖をを祭る仏壇に無事の帰還を報告していた、長い間気に掛かっていたのだね。晴れて住み慣れた自宅に戻れました。
自宅に帰れば介護保険のサービスを利用しての生活です。ケアマネさんや介護業者も同席した話し合いで訪門看護師の派遣やティサービスに行くことを提案された、母は渋々施設に行くことを承諾したが本意ではなかった。
ディサービスに行く日の朝、具合が悪くなり訪問看護師を呼んだ「不正脈」があると病院受診を勧められました。 長い間の入退院生活で体の調子が何時もと違う「自宅でのんびりと過ごしたかった」と思っています。
 自宅での生活も思わしくはないもののなんとか過ごしていた。三度三度食事を取って、処方された薬を飲んでいた。
しかし入退院を繰り返した母には体力も気力が残っていなかった、「この病気は何度も入退院を繰り返す」と言う担当医の話の通り5月末に自分から入院したいと言いました、体がよっぽど辛かったのだと思います。
両親ともに十勝に生まれ私達を育ててくれた、小豆や、ビート畑作、農家は忙しかった朝暗いうちから畑に出て夜暗くなるまで働いていた。豚や乳牛も飼って生活していた。
大正、昭和、平成そして令和と4世代を生き抜いた母に今は「ありがとう」と感謝しかない。
両親ともにゆっくり休んでくださいそして私達を空から見守ってと祈るだけです

   令和元年10月 池田 暁


  

2019年08月29日

ここ札幌に住んで50年、新たな生き方を探しながら旅を続ける

家族の介護に明け暮れたここ数年の日々だった。時期は新しい年号令和となった。
アッという間の日々で今年も半年過ぎた、季節が巡り秋を迎える。自然は本当に正直で規則正しい。
春夏秋冬と四季のはっきりした冷涼な気候の札幌は自分には合っている。 そして美味しい食材も沢山ある。

母を見送り肩の荷が下りたと思う反面、心にポカッと空虚感に襲われる
十勝の農家に生まれ豊かな大自然が私達兄弟を育んでくれた、
馬や羊、犬も家族だった、私達は牛乳で育ち学校に行ったのだよ 
新たな自分の道を開拓し前を向いて進みたい
70代に足を踏み入れた小生だが何か仕事を探したいとハローワークに行った、
北海道新聞で国も市も相変わらず障害者枠を充足していないと記事を見たから。
しかし結果は散々だった、視力に障害のある小生、障害者手帳を見て障害者枠に入れたのは良いが
紹介されたのは作業所でした、作業所にはA型作業所とB型作業所があり区役所で認定を受けてください。
体が健康だから何か役立てる仕事をしたいと思ったが制度は難しいものだね。高齢者には
泡食うことはない気長に探せば必ず小生にも出来る役割が見つかると信じています。

健康であれば出来ることです。
妻の介護をしていたときから本当にストレスがあった。
自分なりの解消法はクヨクヨしないで何とかなるから です
そして人には体と心がある:心が病んでイライラするときは考えても結論がでなく空回り、
体をくたくたになるまで使う、運動でぐっすり眠れるよ、体を休めると不思議とリセット出来るもんだよ。
そして朝昼晩の食事が基本だね、食べ物で活力が得られるから、捨てたものではない。北海道には体に良い食材が豊富にある
一日を規則正しい生活を続けることの積み重ねですねで何とかなるね。
もともと体には自然治癒力がある、自分の体は自分でガードしなくちゃならない、
自分の体と対話するとなにか見えてくるよ。

●小生の体験をすこし:今年の1月頃食べたら吐いて吐いて大変だった、
掛かり附の医師に診ていただき胃カメラの検査を受けた→逆流性食道炎で食道が爛れていると診断を受けた。
丁度母の体調が悪く入退院を繰り返したときでした、
:胃腸は心の鏡という介護のストレスで心身ともに弱くなってていたときでした。
治療は胃酸の分泌を抑える薬を飲んで回復しました。
何でも話せる懸付け医師は大事だね。これからも宜しくお願いします。


●小生は道東十勝の浦幌町の農家で生まれた。
何年か前に卒業した小中学校も統合で廃校になった。
先日友人からいただいたパンフレットにうらほろスタイルとあった
故郷を出て何年もなる人口4000人の町で普段は接点はない。
しかし札幌近郊にも沢山の浦幌町に関わる人が住んでいる。
札幌で2年に1度さっぽろ浦幌会が昨年あった。
鉄筋コンクリートの校舎がどうなったか役員に聞いてみた
「凄いことになって発信しているよ」だった
農業林業漁業の町が 今大きく羽ばたいている
詳しくは
《NPO法人うらほろスタイルサポーター》を検索してみてください。
「子供達が希望のもてる町をめざして」 
 








  

2019年08月15日

今日は終戦記念日、74年前のことは知らない。今朝のラジオ深夜便から

8月15日は戦争終結の日です
戦後生まれの小生は実情を知らない
朝のラジオ深夜便で広島で原爆投下を受け被災したNさんの証言が放送された。
大変なご苦労をして戦後を生きぬき、今七宝焼を作りNさんの思いを世界の人々に伝えている。
沢山の人が亡くなり悲惨な戦争をしてはいけない。と伝える当事者も戦後74年たち高齢で少なくなった
今生きる一人一人が思いを受け取り伝えて行く役目を負っている。
Nさんの貴重なメッセージを聞いて大きな感銘を受けました。


小生は2年前に妻を見送った、脳幹出血の病に倒れ命は繋がったが、半身麻痺の後遺症に苦しみ
燕下障害もあり当時の主治医からは「口から食べたら命に関わると」診断を受けた。
命を繋ぐためには経鼻管栄養だった。妻本人は納得できなかったし私達家族にも生きる気力が低下するように思えた
しかし本当に幸運なことに嚥下専門医に出会い診て頂指導を受けて「口から食べることができました」
口から食べることは生きること。
不自由な車椅子生活では有るものの13年もの間命を繋ぐことができました。
●私達の闘病の記録は http://www.peg.or.jp/taikenki/ikeda-3.html に掲載しています


今年高齢の母が亡くなった、担当の医師からは「高齢だから」と言われていたが、
口から食べ物を食べていたときは家族はそうは思えない。
「口から食べているうちは治療を続けてね」と何度もお願いした
育ててくれた母が一日でも長く元気でいてほしい と私達には希望があったから
口から食べ物を食べて栄養を取り命を繋ぐ生きていくために必要な要素 
それは《自分自身で食べること》ができなくなったら役目を終える時期が近いと母は考えお思いを伝えた
私達は思いを受け「育ててくれてありがとう」と静かに見送った

これが小生にとっての思い出あり命題です。《生きることで一番大事なことは口から食べて命を輝かせること》
何年も家族の介護日々に付き合ってきて、肌で感じたことです。
家族が病気になっても寄り添う(介護する家族は)正直言ってただ見守ることしかできない。いくら家族が病気と闘っていても変わってあげることはできない。
しかし側にいると病気の家族の思いが伝わってくる、
自分から生きたい、やり残したことがある との想いがあるうちは蘇る
しかし口から食べることもできなくなり「もう良いよ。十分生きたありがとう 」と
思いが伝わってきたときが命が終わるときでした。

今沢山の家族が病気の家族を見て関わり悩んでいます。
私達家族の思いが少しでも多くの人に伝われば幸いに思います
  

2019年08月08日

アイパットから投稿してみました、試行錯誤です

アイパットからも投稿できるか試行錯誤中です。何時もはパソコンから投稿していたのですが
少し行動力を広めたいと思っています。 なかなか思うように動いてくれない。 
手軽なアイパットから画像や記事を投稿できると嬉しいな。
現在画像がアップされないのでイライラしています。
段々と機能や判断力が落ちていくので 正直不安ですが パソコンとアイパットで小生なりに表現したいな。
スマーフオンもあるのだけど画面が小さく視覚障碍者の小生には不向きです なぜなら誤字脱字が多いメールを送るので
向きませんね
日々見ること感じることを→自分で出来ることを出来る範囲で表現したい。
そんな思いでアイパットから投稿してみました。
どん月な記事になるか小生にもわかりませんが投稿してみます 
池田  
  

2019年07月06日

7月の札幌久しぶりの晴天です


札幌は良い天気です、このところ夏らしくない天気が続いていた。
天気がすっきりしないと気持ちも収まらない。
近くの厚別川河川敷から恵庭岳に雄姿が見える。
小生の最近は腰を痛め山登りもご無沙汰です、自然と親しむことが良いと思っている小生もそろそろ山歩きを始めたいな、いろいろと有ってなかなか自由にならない毎日を過ごしていた
このブログでも北国の雄大な自然を紹介したいな。 これからの希望です
  

Posted by ikeda49 at 19:24Comments(7)j自宅での介護

2019年02月09日

インフルエンザにやられてしまった

今年の札幌は例年にもまして寒い日が続く 立春は過ぎたと行っても北国では当てはまらない
先日友人に誘われてヨガ講習を受けた。 身体を整えるには良いと思い長年続けている。
午後から妹と入院している母を見舞ってきた。 寒い日で何か寒気がして調子が良くないくしゃみと鼻水が出る
「インフルエンザが蔓延している、予防をするようにと報じている。 小生はワクチンを打ってるから軽く済むと思っていたが
本格的な症状です。
行きつけの内科を受診したら《インフルエンザA型でした》 3種類の薬を頂き落ち着くまで5間自宅で安静に過ごす事にしている。  


今日は熱も下がり症状が落ち着いた、気分も良い乗り越えそうだ、
お昼に以前試した
電気ポットを使いホットケーキを作ってみた、前回薄味だったのでチーズをの塩味と黒砂糖をトッピングしてみた。
案外良かったよ。 夕食はゆで卵とゆで大豆のサラダです。


今寒い札幌インフルエンザも蔓延する時期だけれど。北海道の雪質は世界一ですよ。それも住宅街の河川敷でも雪質の良さを実感できる。
なぜなら今札幌では雪まつりが催されていて全国各地から雪や氷のある風景や気温の低い自然条件を体験しににてきている。
降雪は社会の邪もの扱いだと思っているが本当は「天からお金が降ってくる」と仕事が増えると喜ぶ人も多い。元来農産ぶつを本業としている農家には寒い季節も必要なのですね。  便利な車社会も良いが自然界から言わせれば本当は弊害があるのではないですか。環境を破壊してしまうと元には戻らないから。



  

Posted by ikeda49 at 15:14Comments(5)人の生き方考え方は

2018年12月31日

お正月の定番黒豆を電気ポットクッキングでどうぞ


平成30年ももうすぐ過ぎます、
今日大晦日の札幌は曇っているがまあまあです。


そして新しい年を迎えるお正月料理につきものの黒豆が農協から届きました。
北海道十勝で育った豆を味わってみませんか。


今の高齢化社会危険がつきものです、とはいえ口から食べて栄養を摂らないと誰でも身体を維持できませんね。
少しでもリスクを減らすために電気ポットで簡単レシピがお勧めです。
高齢者に限らない成人でも手軽に造れる。食材を料理する楽しみも得ることがが出来る。
まずは一歩踏み出したら視界が開ける。
何度か試行錯誤を続けたら誰でも名シェフになれるよ
 

例:豆を炊く・カボチャスープを作る・カレーライスやシチューを作る・ゆで卵を茹でる。
ホットケーキを作る 等小生が造った例です。


●用意するもの:電気ポット・ポリ袋・お好みの調味料
上記は豆の煮かたです 豆60㌘・水90ミリ㍑」をポリ袋に入れる→空気を抜いて確り結ぶ→豆に水かしっかり浸水したら電気ポットにいれる。
→98℃ 60分 で出来上がり。
私達の住む北海道には沢山の身体に良い食材がある。 食べる喜び・造る喜びが得れる
失敗しても良いんじゃない。考えたり想像することで脳の働きが良くなれば  本当に良いね 結果期待ですネ。
良い年末年始をお過ごしください。

 

  

Posted by ikeda49 at 12:32Comments(4)j自宅での介護

2018年11月26日

シベリア抑留 体験を語る 講演会から

札幌にも雪が降ってきた、暖冬と言われていたが来るときには来る
ここは北国:雪国 札幌です

今の時期は暖かかったり寒かったりの繰り返しで段々と本格雪国になる時期です。
先日降った雪もその後の暖気で溶けてしまった、と言えども地面はツルツルで安心は出来ない。

先日 NHKラジオで≪シベリア抑留 体験を語る≫講演会の情報があった。
小生は戦後生まれで実体験はない。 大きな戦争で沢山の人が亡くなった、そして時代に翻弄されて大変な人生を生き抜いてこられた。
貴重な体験です。
今私達が自由で、食べ物も豊富に在り不自由なく生活できるのは先人のご苦労のお陰だと思っている。
ご苦労された当事者の生の考えを聞く機会が今回であった。

講師はSさんで戦争の悲惨さを一人でも多くの人に伝えていきたいと《生涯学習出前講座を続けています》
連絡先はシベリア抑留体験を語る会 札幌 代表 建部さん
QRコードを下記に添付します(現在までの活動を見る事が出来ます)





小生も同僚に十勝の音更出身のAさんが居た。
彼は両親と共に樺太のしすかからの引き揚げ者でした。樺太の気候風土を折に触れ教えてくれた
戦後進行してきたロシア人の子供と同じ学校で学んだ
とロシア語の片言を教えてくれた。
当時は子供だったので苦労したことはあまり語らなかったが時代に翻弄されたひとりでした
10年も前に天の星になったので聞くことは出来ません。

今を生きる私達にも出来ることがある
一人でも多くの人に戦争の悲惨さを伝えるお手伝いをしたいと考えています。
平和な国を続けるために





  

Posted by ikeda49 at 11:20Comments(4)j自宅での介護

2018年11月05日

今年の秋は少しずつ進んでいます. もうすぐ雪の季節もやってくる


私達の住む北野中央公園で毎年イチョウが色づいている。
例年より暖かい日が続いている札幌、季節は確実に進んでいる。
郊外の手稲山では初冠雪道北の峠は雪の便りが続く。時期 


と言っても北国に住む私達には厳しい季節が巡ってくる。雪も降る季節が近い
先日私達の住む団地でも臨時常民集会があった。
《300戸が住む団地:入居時の案内には玄関周りの除雪・排雪は入居者がになうとなっているが
最近の高齢化社会で除排雪が出来ない住民が多くなった から一部の住人に負担がかかる》
雪の季節は毎年訪れる地域だから知恵を出し合って平穏な日常を作らないとならないね
今までも雪害の問題はあったが費用のかかることで在り直ぐには結論は出ない。
取りあえず今シーズンは:階段ごとに8戸単位で除排雪のできる家庭とできない家庭(高齢者や障害があり作業ができない)
家庭が費用を負担して今年な始めてみようと決まった。 
12月から3月まで厳しい季節を乗り切るためには住民同士の助け合いと話しあいがひつようですね。


先日テレビを見ていて私にもできる健康維持情報があった:
顔のある部分を鍛えることで筋力アップをかなえられる:舌の働きをよくする(舌は筋肉の塊です)それにはかむ回数を多くするには
するめが役立つよ。そして口から栄養のバランスよく歯ごたえのある食材を意識する食べることがよいようです
実行あるのみですね
年を取ると手足の筋力が落ちていく、団塊の世代は皆自覚があると思います、
誰だって自分のことは自分でと思っている。   その希望を実現するためには一人一人の意識改革が人等ですね



 
  

Posted by ikeda49 at 09:56Comments(5)j自宅での介護

2018年10月01日

母の日常90代をしぶとく生きぬく 知恵袋

大正生まれの母には体に染み付いたトレールがある
機能の衰えは否めないが聴力はおちているが視力は良い。そしてなにより何でも自分でしないことには気が済まない。
十勝で農家だったかr今でも庭いじりがすきです
(体に染み付いた性分)言葉がぴったりです。また義理堅い。から時々失敗もする。
先日隣のOさんが千葉県に住む娘さんの近くに転居する事を話してくれた。何十年もお互い隣同士で支え合い励まして来た隣人んとの別れが寂しかったのだね。離れる日ベランダに出て見送った。

見送ったまでは良いが長靴をはき損ねて転んでしまい腰を痛めてしまった 「転んだら自宅では過ごせないよ。病院や施設だよ」と普段から言っているので多分「朱敗した」と思っている  一人住まいです痛い身体を這いずってベットに寝て安静にしていた 
午後から訪れた妹に見つかり散々と注意された 起き上がるときが「差すように痛い」で立ち上がるとよろよろとトイレや食卓迄あるけた
自分で招いたケガなのでおとなしくしていた。幹部に湿布を張って楽になった。
整形外科に受診して「レントゲンを撮り圧迫骨折の疑い」 先生からは「自宅でゴロゴロとしてのんびり過ごしたら良いよ」2週間後にMRI 診断をするからね。痛め止め薬と湿布をいただき先生の指示通りゴロゴロして過ごした。
食事は早く良くなりたいので3度きちんと食べた。

庭のブドウ今年は甘く美味しくなった、
見舞いに埼玉から来た孫一家に囲まれて、気持ちも強くなったのかな?色々と話をしていたよ 
 圧迫骨折は日にちが過ぎると症状になれるのか、病状も気持ちも回復したよ 3週間ぶりにお風呂浸かりすっきりした。
今までと同じように自宅で過ごすためにはなにが必要ですか、
無茶はしないのだけれど腕の力も指の力も低下している。歩く力もおんなじです
体力を維持するために食事をキチンをとって一日でも長く元気で過ごしてほしいな。元気であれば「また来るよ」と孫たちが言っていた。
母本人の希望を実現するために












  

Posted by ikeda49 at 12:02Comments(4)j自宅での介護

2018年08月30日

障害者のつぶやき(最近の記事から)


小生は視神経萎縮で先天性の視覚障害者で視力が出ない
小学生の頃は近眼かな?と思っていた。その後大学病院で検査をした、 が治療方法はなかった
原因は遺伝性の障害でそれ以来弱視に70年付き合ってきた。
黒板は見えないし街で人と会っても無言で通りすぎる。悪気はなくてもしょうがない事でした。
それでも0。1まで見えるので、全く見えない人から見るとまだ良いかが掬いでした。
何よりも進路が制限される、五感を鋭くして不自由な部分を補った 
なんとか人並みに生活が出来るので就職が出来た。
当然車の運転免許も取れなかったが40年代は今とは違って就職環境もおおらかだった。
何よりも自分自身で障害者ではなく自分の特徴だと思いたかった。
↓この法律があること自体知らなかった。
‘障害者の雇用の促進等に関する法律 昭和35年に制定されている。 
その後何度か改正されているが現在施行している法律です。}

この法律があることが知っていたが。詳しいことは解らない。
今回の新聞報道で法律を施行する行政が障害者の数を水増しをしているには
「そうなのかやっぱりね」と怒りを通り越してしまった。
森友・加計問題や大学の裏口入学と不祥事が続くね、役人の資質が墜ちたのか私達には理解できないが
国民に理解できるように説明してください。
先日厚生労働省に実情を聞いてみた 
{法律があったら罰則もあるのだが、民間には指導はあるが行政機関にはないと知り}2度びっくりです。
電話口の職員が悪いわけではないが、役所の検証機能が低下している否めない。 
私達にはつぶやくことしか出来ないのかなぁ。
70年過ごしてきて車の運転はできなかった。足で歩くしかなくせいぜい自転車です。
「歩くことが苦にならない」 から専ら歩く お陰様で健康です
世の中ある意味では平等かな って最近の心境です










  

Posted by ikeda49 at 16:40Comments(6)j自宅での介護

2018年08月03日

白内障の手術

先日左目の白内障の手術を受けてきました。
視神経萎縮で生まれつき視力は出ない。と担当医から言われていた・
最近は緑内障もあり眼圧も上がり視野もかけている。
最近左目の見え方がくすんで見える 少しでも改善したいと思って決断した。
高齢化社会で希望者が多いのだね 2ケ月待たされた
小生は7年前に右目は手術を終えている。右と左目の見え方が違う。 

無事に終わって青い空と緑の木々を取り戻した。眼内レンズは永久だよとうれしいね



70年も使ってきた体はあちこち痛んでいる。 
具合のよくないところは修理して管理しなければならないね。 管理者の仕事ですね。
  

Posted by ikeda49 at 07:44Comments(6)j自宅での介護

2018年07月23日

今朝の札幌


北国夏の彩ラベンダーが今正に盛りです。朝は気持ちがいい
何時もの様に河川敷でのラジオ体操に出掛けた
札幌でも日中は29度とラジオが報じている。 今は22度です 北国の住民は暑さに弱い慣れていない 

猛暑が続いている日本列島だけど熱中症には心を配ってほしいなぁ「水分と塩分をとって」過ごしてね
ここ札幌も同じです日中は熱いが。朝の時間帯は気持ちが良い。
厚別川の河川敷を散歩していると何時も同じ人たちと出会う「おはよう」いつもの挨拶です




今日も一日始まります、 最近はラジオが友達です 全国各地からの便りがいつも流れている  

Posted by ikeda49 at 07:42Comments(4)j自宅での介護

2018年05月29日

今朝の札幌:気持ちの良い朝でした

今朝の札幌は晴れて気持ちの良い朝です
厚別川河川敷に出てラジオ体操をしました。 10分間の安上がりの運動です
冷涼な空気を肺の奥まで吸い込んで「今日も一日元気で頑張ろう」

朝早くても散歩をする人 ベンチに座って朝日を浴びている近所のおばちゃん:いつも3人で座っている「あはようさん」
 思い思いの方法で自然の恵みをいただいている。
 




日記を書いても継続できない小生だけれど。気候の良い今の季節、朝の体操を続けようと自然と約束した
いろいろなことがある人生だけれど、厚別川の河川敷は四季折々の新鮮な顔を見せてくれる
今の気温は14度、日中は26度に上がるとラジオで流れている。 
北国札幌の新鮮な朝の雰囲気をお届けできるといいね

  

Posted by ikeda49 at 07:59Comments(4)j自宅での介護

2018年05月12日

新緑のたかくら緑地

5月のゴールデンウィィーク連休も過ぎて穏やかな日差しが注ぐ日中出掛けてきた
私たちには身近で気持ちを和せるオアシスです、

もう少し時が過ぎると緑地はカラスの子育てで危険が一杯です 何度も襲われた
動植物も季節を感じて動き出した




気温が20度のなった昨日の札幌
散りゆく桜吹雪の中で一休み :白石サイクリングドーロにて  
  

Posted by ikeda49 at 05:43Comments(6)j自宅での介護

2018年04月26日

介護保険での日常が始まりました

母は自宅に戻り一週間無事に過ぎた、要介護度3の認定を受けた。自宅に戻りましたがあれはダメこれはダメと言われ 寝るしかないと体を持て余している、当然外のも行けない状態でイライラが募っている。
「2階に階段で上がるかい」、と声をかけた、生真面目な大正生まれの女性には身の置き所がない感じです
午後からは2人きりだったので実行した。2階のタンスを見たかったんだね 
これからはくズボンを2着持ってきた。覚えていたんだね よしよし又行こうね。

今日午前中はヘルパーさんが来てくれた、先日の打ち合わせの際 掃除と食事、調理を依頼した。一人住まいで3度の食事がおろそかになった。年寄りは低栄養に注意しなくては。ヘルパーさんには食事を作るだけでなく食事を頂く様子も依頼した・
口から食べること これが老若男女生きていく基本ですから

実は味噌汁や野菜の炒め物は既に作り始めている ジャガイモも包丁は危ないからと言ったら皮引きです やるものだね
言葉の麻痺が残っているので説明よりも身体が先に動いた。一つ一つ自信の積み重ねだね。練習したら出来ないことはない。日中3時間後らいは退屈だと言いながら留守番もできます。
お陰で小生は検診にいってきました


小生は昨日母に留守番を頼んで脳ドック検診に行ってきた。
先日のS脳神経外科病院の講演で脳出血や脳こうそくのなまなましい病状画像を見せられた
血圧検査やがん検査と同じように脳ドックも必要なのですね。
いざ発症したら本当に回復するのに大変な苦労です 本人も家族も そんなリスクを少しでも減らすために意識改革ですね
結果はまだです、認知症の検査も今年から加わった この病気も厄介だね


明日は訪問看護士による通常の検診と入浴介助です。母は体を温める入浴が好きなんです
担当のY看護師は以前S病院に勤務していた そこで妻を車椅子に乗せて私達は受診していたのを見て知っていた。 縁は不思議だね
今度は母がお世話になることになった  世の中なんて狭いもんだ よろしくお願いします
今日札幌では桜 梅 たんぽぽ の開花があった。
  

Posted by ikeda49 at 19:04Comments(4)j自宅での介護

2018年04月19日

母は自宅に戻りました、どこまで機能が戻っているか検証中です

今日は4月19日です気温も上がり札幌でも待ちに待った季節です

厚別川河川敷では フキノトウが顔を出している、いよいよ北国の新緑の季節の始まりです

母は2ケ月の入院を終え先日自宅に退院した。長年住み慣れた自宅なので 「自宅はいいなぁ」とのんびりしている
母の機能がどこまで戻っているか、気力が残っているか、出来るか? 検証中です。
そして私達家族でどこまでサポート出来るか検討中です、
性急に結論は出したくはない 要介護の区分変更で要介護度3になった。 今まで以上にサービスが使えるが
やみくもに利用することはしたくない
母の気持ち今まで何でも自分で考え自分で過ごしてきた、今まで要介護度1でヘルパーさんを週1日入れていた。
大正生まれの母は沢山の人の出入りを  本心では好まない 疲れるそうです  
以前と同じように過ごせるか、出来るか私達家族が一緒に過ごして確認中です。
明日区分変更による業者会議があるが 皆んな納得する落としどころが見つかるといいね
家族の介護は気持が 長-----く辛抱強く なければやりきれない ストレスが沢山溜まりそう


小生は生まれつき目が悪い 視神経萎縮で視力が普通の7~8割なので疲れやすい。
そして高齢化と共に白内障や緑内障を発症し視野が欠けている。
そんな体調だけど70年過ごしてきた
今はパソコンもOKだけど目の酷使は避けなくて と思うがスマートホンやアイパットを便利で離せない
5年前白内障の右目の手術をし眼内レンズをいれた。
そして今左目の角膜のにごりが気にかかる。少しでも良い状態を保ちたいと思う昨今です。
体の整備は自分で決断しなければならないから。

厚別川河川敷の桜:開花はもうすぐだね





  

Posted by ikeda49 at 13:30Comments(4)j自宅での介護

2018年04月08日

新さっぽろでの健康セミナーに行ってきた

家族の介護を14年も続けていた小生には、皆様からの生きた知恵や励ましが力となった
今の高齢化社会 辛いと思う家族介護で過ごしている仲間が沢山いるとSNSを通じてわかった
ネットは必要な情報を知るためには使いやすい媒体です。自分だけではない頑張ろう です
今日は新さっぽろにあるホテルでS病院の健康セミナーがある 脳卒中の予防 と認知症予防の話です。
これから私たちが通る道なので興味があり参加しました


脳神経外科の技術は進歩している。最先端の再生治療を紹介していた
再生治療というとITS細胞と考えるが。
 今札幌の大学で研究を進めている治療≪脊髄から幹細胞を採取し培養して点滴で体内に戻す≫
脳拘束で手足が動かず寝たきりだった患者さんの機能が回復する様子が映像で見れた。
妻も右半身麻痺だったので患者の辛さは理解できる。 まだまだ技術は進化する
でもS病院の理念は治療よりも予防 で脳ドックでの検診を紹介していた。


母は機能が良くなった:病院での生活も「寝るしかない」と言っている。
今週病院のケースワーカーや職員とケヤマネージャーを交え私たち家族と退院後の介護保険での安全な生活を話し合う
住み慣れた自宅です 母が希望しているから叶えるために先ずは開始してみよう。 沢山の専門職のお陰でできることですね
今日日曜日ベットの上で退屈そうにしていたので「自宅に帰るかい?」 答えはわかっている
炊き込みご飯とみそ汁と自宅の空気がご馳走です。

小生は先日がん検診に行ってきた 肺・胃・大腸のお決まり検診と今回は骨密度検診を受けてきた。
今の高齢化社会何もしなくても機能は落ちていく  病気の予防を実現するのは一人一人の私たちの意識ですね  


  

Posted by ikeda49 at 08:04Comments(4)j自宅での介護

2018年04月02日

4月になりました、河川敷でのラジオ体操

4月になりました、札幌の残雪は後退したが春の訪れ緑の芽吹きには今少し時間差がありそうです。   桜の開花はまだまだです

昨日母は1泊2日の外泊をした、自宅に戻っての様子を確認するために妹と2人で対応した。
前回の外出と異なり一泊だと夜間の動きが見れるからです。
母本人の(こんなこともできる)と私たちの(ここまでできるんだ)の認識は予行演習が一番理解が早い。
病院の職員からは「4月初旬に介護保険の区分変更が決まるから」 と親切なのか急かされているのか区別がつかない
≪母自身が住み慣れた自宅に退院し戻りたいからリハビリーを頑張る≫と意思を伝えている。
この母の気持ちを尊重し実行するのが家族だから 
≪慌てす・焦らず淡々とその時期を迎える:そして介護人が楽をできるシステムを皆さんの知恵を頂考えます≫ 長く続けるように

●母の行動、日中の生活は以前に体験したのでわかっていた。食事も改善し箸で自分で食べた
今回はお風呂入った。先日見学に来た病院職員からは「浴槽が深いので椅子を利用してと、入浴中にふらついたらと1人での入浴は問題視されていた」   →現実には妹のサポートを頂、慣れた自宅での入浴を「気持ち良かった温まったよ」で終えたよ
母自身だって「どこまで出来るか不安なんだね 不安を乗り越えたら自信に代わる」 

夜は小生の担当:自宅でまだ寒い時期≪風邪でも引いたら≫と湯たんぽを入れ暖かくしたら 暖かすぎて寝付かれなかった。
本人の気持ちと周りの思いは異なるね  そんな時は母の気持ちを優先することにした
夜中3度ほどトイレにいった、住み慣れた自宅だから(家具の場所も電気のスイッチの場所も分かった居るので)難なくこなせたよ。
病院職員からは「夜眠れないと眠剤を処方する→と一人での動作にふらつきが起きると」心配していたようです 
≪自宅では安眠できると予想して眠剤はパスした≫  

自宅での生活は何が起きるか分からない が恐れても母の希望を実現できない 
リスクを覚悟で家族で頑張ろう 妹と今回確認できたことです。
まだ何度か予行演習ができる 介護認定が決まればケヤーマネージャーを交えサービスを検討する時間もある 病院側もサポート体制があるようです
出来ないと決めつけることが母にとっても家族にとってもマイナスです ≪知恵を出せば必ずできる妻と共に解決してきたことだから≫

小生今朝5時前に目覚めた、自宅です やはり良いね 自宅が安心できる場所だから 
ラジオ体操は厚別川河川敷にいった気温は2度 寒いね 雪が融けて緑が萌えるまで時間差がある
早朝曇だけど 今日の予想気温は12度 暖かくなりそうです
 北国のスプリングバズカムですね

 


 
  

 
  

Posted by ikeda49 at 08:52Comments(6)j自宅での介護